自己紹介

まず私の自己紹介から始めたいです。

 

川原 亜弥(カワハラ アヤ)1979年3月22日生まれ

 

兵庫県姫路市でパン屋とコーヒーショップとカフェを経営しています。

 

~パン屋で働き始めるまで~

小・中・高と普通の公立学校を卒業し、時はバブル崩壊直後、

『手に職をつけなさい。』

そう言って進められる職は

看護師・保育士・管理栄養士・公務員、色々ありましたが、

ろくすっぽ勉強せず、部活ばかりやっていた私がなんとか辿り着いた道は「美容師」でした。

 

高校を卒業後、大阪に上京。

1年間大阪の美容学校に通い、その後1年間のインターン生活を経てなんとか『美容師です』という免許を頂きました。

 

その後も仕事を続けていたのですが、、、

何か自分の中にずっとぽっかり穴が空いるような感じでした。。。

 

美容師という仕事はとても魅力的だと思う。

なのに、なぜ私はこんなにときめかないんだろう?

 

何かのめり込めきれず、1度この職を離れてみようと思いました。

 

その後、あるレストランのウエイトレスとして働き始め、掛け持ちで違うカフェでも働いていました。

 

いわゆるフリーターで、飲食店を点々としていたある日、ある会社に出会いました。

 

その会社には最初アルバイトとして働いていたのですが、この会社は、その後、私の人生を大きく変えてくれました。

 

この会社は何もなかった私を社員として受け入れてくださった上に、『自分は出来る!』と言う自信を与えてくれました。

 

そして、その後も調理師という仕事をずっとしていたいと思うようになりました。

 

とてもやりがいのある仕事でした。

 

ですが、やはり女では調理師は厳しい世界、そう思って矢先

『パンだけ作ったことがないな』とふと思いました。

 

『一度粉から作って見たいな。』

 

そんな軽いノリで私のパン屋人生は始まりました。

 

~私のパン屋人生の始まり〜

その後、最初に働き始めたお店は「午前3時」という時間から始まりました。

終わるのは正午。

 

窓もない地下二階の部屋にその製造室はありました。

 

電車もない時間に必死に自転車をこいで仕事に行っていました。

 

正直キツかった。

でもパンはもっとやりたくなった。

 

でも絶対自分でやるときはこんな時間から働かなくてもいいように出来るはずだ。

そう考えていました。

 

それが次の転職先で確信に変わりました。

 

そこは朝6時半出勤でした。

それでもお店は7時半にはオープン。

『やっぱり方法を知れば続けていける』

そう思いました。

しかし、このお店の閉店時間は『午後11時』。

当時はかなりの長時間労働を強いられていました。

 

ですが、どんなに辛くてもパンを作るのを辞めようとは一度も思いませんでした。

むしろ『お金をもらって教えてもらえるなんて最高!』とすら思っていました。

 

しかし、この時、私がぶち当たった壁が

『知りたいことをなかなか教えてもらえない』という壁でした。

 

〜自分たちのパン屋を開業したワケ〜

『教えてもらえないなら、やりながら学ぼう!』

それが私の一番最初の動機でした。

勉強するためにたくさんパンを作りたい。

でもたくさん焼いても一人では食べきれない。

材料代もたくさんかかる。

 

じゃあ、作ったパンを売ってまた材料代を稼げばいいんだ!

 

そんな単純な発想で始まったこの店もはや10年。

道のりは決して楽なものではありませんでした。

しかし学んだことは私の人生を大きなものにしてくれました。

働きかた改革だの消費税UPだの、本当に私たち小さな企業には厳しい時代です。

唯一経営者だけが、過労で倒れようが労災にも入れない時代。

無理をさせれるのは自分だけ。。。そうなり兼ねません。

でも、どんなに好きな仕事でもやはり無理をし続けていては続けていけません。

時には無理をしないといけない時があるかも知れませんが、それは永遠には続けられないのです。

私も『もう辞めたい』そう何度もその壁にぶち当たりました。

でもそれは『パンを作るのを辞めたい』のではなく、『経営を辞めたい』のです。

しかし、私は適切な運営方法を学ぶことによってどんどん改善されていきました。

そして『経営』というものすら楽しくなってきたのです。

 

今の自分はあの頃の自分に伝えてあげたいことがたくさんあります。

このブログは

そんなあの頃の私と同じような『この仕事で食べて行きたい』という思いの人たちの手助けになればいいなと思い立ち上げました。

どんな些細なことも記録していきたい。そう思っています。

 

そしてそれが自分のための『記録』になってくれると思っています。